東北へ・・・
卒業式も終わり、春休み
今年に入って色々と休みが立て込んだので、あまり多くの休暇が取れません。
おまけに入学説明会や保育所の同窓会など、土日は何かと用事も多く…
3月26日、かなり無理やりな東北日帰り旅行に行ってきました
2月だったか、3月の初旬だったか…
立教新座高校の校長先生だったと思うのですが、子供たちに向けたメッセージが新聞に載せられていました。
掻い摘むと、
「自分が親になった時、子供から
“お父さん(お母さん)、東北は震災の時どんなだった?
東北のために何をしたの?”
と聞かれた時、答えられない人間になってはいけない。」
というような内容だったと思うのですが、東北の惨状はニュースなどで見るばかりで忙しさにかまけ、復興の支援になるようなことも何もできていないということを再確認させられました。
小学生でも出来るボランティア活動なども調べたのですが、基本、中学生以下に出来るようなものはありませんでした。理由は自分の身を守れない子供は足手まといになるからでしょうか。泥さらいでもなんでもよかったのですが、募金などではなく自分の体を使った支援をさせたかったのです。
それならせめてその様子を目に焼き付けてもらいたい。そして多少なりとも東北の経済に貢献しようじゃないか
ということで平泉&松島観光&牛たんを食べようの旅となりました

平泉ではレンタサイクルを借りてサイクリング
途中大雪
が降ってきたりしてびっくりしました。そして金色堂の大補修の様子(震災とは関係ない)のビデオに見入っていました
松島ではかもめのえさやりを楽しみ
仙台では牛たんをおなかいっぱい戴いてまいりました
でも、震災の爪跡と言えば…
もちろんがれきが堆く積まれているような場所も車窓から見ることが出来ました。
ただ、私達は震災前の風景を良く知るわけではありません。また、電車で行けるような場所は、比較的被害が少なかった場所とも言えるかと思います。
そのせいか、なかなかその悲惨さを実感として持つのは難しかったです。
やはり、被災された方々の気持ちを慮ることは出来ても、その人の立場に本当の意味で立つ、ということは出来ないのだなあと思い知らされました。
と同時に、それでも何か被災された方々に出来ることはないか…と考える今日この頃です。

今年に入って色々と休みが立て込んだので、あまり多くの休暇が取れません。
おまけに入学説明会や保育所の同窓会など、土日は何かと用事も多く…

3月26日、かなり無理やりな東北日帰り旅行に行ってきました

2月だったか、3月の初旬だったか…
立教新座高校の校長先生だったと思うのですが、子供たちに向けたメッセージが新聞に載せられていました。
掻い摘むと、
「自分が親になった時、子供から
“お父さん(お母さん)、東北は震災の時どんなだった?
東北のために何をしたの?”
と聞かれた時、答えられない人間になってはいけない。」
というような内容だったと思うのですが、東北の惨状はニュースなどで見るばかりで忙しさにかまけ、復興の支援になるようなことも何もできていないということを再確認させられました。
小学生でも出来るボランティア活動なども調べたのですが、基本、中学生以下に出来るようなものはありませんでした。理由は自分の身を守れない子供は足手まといになるからでしょうか。泥さらいでもなんでもよかったのですが、募金などではなく自分の体を使った支援をさせたかったのです。
それならせめてその様子を目に焼き付けてもらいたい。そして多少なりとも東北の経済に貢献しようじゃないか

ということで平泉&松島観光&牛たんを食べようの旅となりました

平泉ではレンタサイクルを借りてサイクリング

途中大雪
が降ってきたりしてびっくりしました。そして金色堂の大補修の様子(震災とは関係ない)のビデオに見入っていました
松島ではかもめのえさやりを楽しみ

仙台では牛たんをおなかいっぱい戴いてまいりました

でも、震災の爪跡と言えば…
もちろんがれきが堆く積まれているような場所も車窓から見ることが出来ました。
ただ、私達は震災前の風景を良く知るわけではありません。また、電車で行けるような場所は、比較的被害が少なかった場所とも言えるかと思います。
そのせいか、なかなかその悲惨さを実感として持つのは難しかったです。
やはり、被災された方々の気持ちを慮ることは出来ても、その人の立場に本当の意味で立つ、ということは出来ないのだなあと思い知らされました。
と同時に、それでも何か被災された方々に出来ることはないか…と考える今日この頃です。
この記事へのコメント
でも、ひろみんさん、えらいです。
ちゃんと行動にうつしているじゃないですか。
思っていてもなかなかできることじゃないです。
なかなか何もできないですよね…。何を言っても、何をやっても薄っぺらな自分が露呈するようで…。もうアラフォーと呼ばれる歳になり、もっとちゃんと生きてくれば良かったと、今になって反省してます。